衝撃の事実〜インドカレーに隠された秘密〜
「騙された!!」
誰もがそういう経験を一度や二度、もしくは三度や四度、さらには五度六度とお持ちではないだろうか。
この世界は騙し合いで成り立っている。いかに相手を騙し、また騙されたふりをしながら騙してきた相手を騙すか。
かのオスカーワイルドはこう言った。
「結婚の一つの魅力は、双方にとって騙し合いの生活が絶対必要となることだ」
すみません。オスカーワイルドって誰ですか?
このように現実世界を取り巻く騙し合い。その騙し合いの螺旋に疲弊しきった人間に与えられるもの。それが「悟り」である。
後ろ姿美人。その優雅な後ろ姿に騙される男性は少なくない。
目の前を歩くスタイルの良い女性。髪質も美しく美脚。ボンキュッボン、シュッ、スラ〜である。
そこで低脳な動物である「男性」がする行為は、『追い抜きざまにさりげなく振り返って顔を確認する』という卑劣極まりない行為だ。
そして低脳の悲しい男どもは「思っていたのと違う!」と言うなんとも身勝手な言い分を口にし、その身勝手な妄想によって生じたギャップで気分を落とす。なんとバカな動物なのか。しかもその時の一言は「騙された・・」なのだ。
大脳は発達しすぎてしまった。想像力は様々な恩恵を人間社会に与えてくれたが、それが暴走することで自ら不幸に陥る人もいる。
「騙した」「騙された」というやりとりは基本的に頭の中で行われ、人間が進化と共に獲得した一つのコミュニケーション手法でもあり、それは時に人を笑顔にし、また時に不幸にもする。
高校生の時に仲の良かったO君と言う友人。
彼は後ろ姿美人を見かけると、必ず追い抜き振り返った。足の速い男であった。
振り返るとその度に満面の笑みを浮かべるか、怪訝そうな顔をしていた。なんとも分かりやすい男だ。典型的なバカであった。
そんなバカ友のO君もついにはこの「騙し合いの螺旋」に疲弊した。
後ろ姿美人を見かけても追い抜かなくなったのだ。
そして満面の笑みでこう言った。
「後ろ姿だけで十分!顔は想像できるし!」
人間の想像力万歳!!
これは新たな視点であった。少なくとも当時の僕にはそう言った発想はなかった。
騙し合いの螺旋に疲弊した人に与えられるもの。それは「悟り」。またの名を「開き直り」という。
あれから14年ほどが経つ。
僕はまだまだ騙し合いの螺旋の中にいる。まだO君のような悟りを開けずにいるのだ。
この14年間で世間は大きく変わった。
ノリピー逮捕
副都心線開業
ジダン頭突き
レバ刺し食べたい・・
そして何より大きく変わったのが、インド料理屋の件数が大幅に増えたということであろう。
その増え方はこの10年でなんと約5倍!都内は道をあるけばインド料理屋に当たるというほど、どの駅にもインド料理屋がある。どの街にもインド料理屋がある。どのマンションにもインド料理屋がある。
美容院と歯医者はコンビニより多いと言われるが、そこに並ぶのではないかと多くの評論家の注目を集めている。
なぜインド料理屋がそこまで増えているのか?
そのヒントを僕に与えてくれたのは、世界を旅する治療家カキザワさんであった。
彼と初めて出会ったのは2017年10月某日。
僕は彼が世界を旅している最中からのファンだった。ラメラメの厚紙で作った「健太郎ウチワ」を片手に、そしてもう片方の手にスマホを握りしめ、彼の旅のブログを楽しみに日々を過ごしていた。まさに僕の退屈な日常のスパイスであった。
そんなスパイシーカキザワは出会っていきなり僕にこう言った。
「YOU!!インドにカレーという食べ物はないんだYO!!」
これは驚きだ。インドにカレーという料理がないだと?その事実も衝撃であったが、なにより驚いたのは僕がインドカレーがそこそこ好きな三十路男子だと言うことを見抜いていたことだ。
さすがは世界のカキザワ。3の倍数でアホになることもなく、冷静に僕のインドカレーに対する中途半端で熱しすぎず冷めすぎずのいい塩梅な愛を見抜かれたように感じた。
その後20分間ほど、世界のカキザワの世界レベルな人間洞察力に対する胸の高鳴りが抑えきれず、一人吐息が荒くなっていた。一人で公園にいたら救急車、いや、パトカーを呼ばれるレベル。
徐々に呼吸・脈拍・奇声が落ち着いてきた。それと同時に理性という名の論理的思考能力が戻ってきた。
「インドにはカレーという料理はない・・・だと?」
そんなバカな?である。
カレーはインドの国民食のはず。インドが世界的にも優秀なエンジニアやカバディ選手を輩出している秘密は、そのスパイシーなカレー文化にあるはずじゃなかったのか・・・?
インドにカレーはない?スパイシーカキザワは世界一周しているからどこかの国と間違えてるんじゃないか?時差ボケがまだ直っていないのか?
そんな懐疑心から僕は現代の大辞典こと、Wikipediaでカレーについて調べてみた。。
インド料理は香辛料を多用するため、外国人の多くはインドの煮込み料理を「カレー」と認識している。しかし外国人がカレーと呼ぶインドの煮込み料理は、サーグ、サンバール、コルマ、ダールなど、それぞれに固有の名称があり、「カレー」という料理はない(wikipediaより引用)
なんと・・・
本当だった。。
インドに「カレー」という料理はないのだ。
ではなぜ「カレー」という名称が一人歩きしているのか?
それについてもスパイシーカキザワ氏はこう話す。
「インドカレーという言葉を使った方がガッポリ儲かるからや。みんなそうやってお店を出しているんや。日本のインド料理屋もみんなガッポリ儲けてるで」
さらに・・・
「よく看板見てみぃ。インドカレー屋とは書いてないねん。インド料理屋や。なんでインドカレーじゃなくてインド料理かって?そりゃインドカレーなんてないからや!」
ヒィィィ・・
僕はもう返す言葉が見つからなかった。
悔しい。悔しすぎる。
何が悔しいか?それは騙されたとかそういうことじゃない。
自称インドカレー好き(そこそこ)を名乗っておきながら、そんな事実を知らなかった自分が悔しいんです。
なぜ知らなかったんだ・・好きだったんじゃないのか?
でも好きなのは「そこそこ」だし。
そもそも好きとか嫌いとかっていうのは単に「味」に対するものだ。歴史や文化に関しては知らなくても、味が好きならそれでいいじゃないか。何も自己嫌悪に陥ることはない!
そしてインドカレーと言われるそれは「美味い」
インドカレーと言われるそれは日本のカレーとは違う。
とにかくスパイシー。身体にも良い。サーグとかダールとか細かい種類があると言うが、そんなのはどうでもよく思えてきた。「美味いものは美味いのだ!」
この瞬間、僕は騙し合いの螺旋から降りた。そう。「悟り」を開いたのである。
僕を悟りの境地へと導いてくれた、世界のカキザワことスパイシーカキザワさんには心底感謝したい。
धन्यवाद
こうして騙し合いの螺旋から僕を下ろしてくれたカキザワさん。旅の最中のブログはとてもスパイシーで読み応えがあるので、ぜひ多くの人に読んでいただけたらと思います。
世界一周治療の旅を経験し、その経験から繰り出される言葉一つ一つが衝撃的なカキザワさん。
そんなカキザワさんの生のトークイベントが9月16日に横浜で開催されるのです!!!
対談イベント〜山中錠一×柿澤健太郎
「これからのセラピストの働き方を考える」
沖縄で産前産後整体院を夫婦で経営されていて、全国にファンのいる山中錠一さんと、世界一周の旅から帰ってきて、その経験も含め今日本国内に留まらず海外にも足を運び働き方を広げている柿澤健太郎さんの対談イベントです!
セラピストの方々はもちろん、「自分の人生を自分で切り開きたい!」と考えている方なら職種関係なく、素晴らしいお話が聞けることになると思います。
対談というのは登壇者の掛け合わせによって全く予測ができず、その時だけの素晴らしい時間・空間が生まれるイベントです。このお二人の創発する空間を存分に味わっていただければと思っています!
みなさま、9月16日に横浜で世界のカキザワに悟りの境地に導いてもらいましょう◎
会場もみなとみらいのオシャンティーな空間です。開始時間まではみなとみらいで遊びまわっていてください!
〜ちょっと雑学コーナー〜
今回の記事を執筆するにあたり、国立国会図書館で膨大な資料を目に通したわけではありませんが、興味深い事実を知りました。
それはなんと・・日本でインド料理屋をやっているのは、だいたいネパール人であるということ。
インドにはカースト制度がまだ根強く残っているため、階級の低い人は日本には来れず、階級の高い人はもう出世してしまいインド料理屋などをやりには来ないとのこと。
ネパール人が日本に出稼ぎに来ているケースが多いそうです。
いかにもインド人が営んでいそうな「インド料理屋」を開く理由も、その方が儲かるから。
実際にインド料理屋に足を運んだ際は「Where are you from?」と聞いてみてください。きっとほとんどが「ネパールやで」と回答されることでしょう。